死ぬほど嫌なら学校なんか行かなくていい

雑記
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大前提として先に断っておきますが、学校は行けるなら行った方がいいですよ。その方が無難だしトラブルも少ない。日本は一度レールから外れた人に対しては残念ながら厳しい視線を浴びせてきます。

でもね、本当に嫌なら、死ぬほど困っているなら命かけてまで行く価値は無い。義務教育なんか他でも補填できるレベルのことしかしていない

勘違いしてはいけないのが、義務教育は子供が通う義務があるのではなく、国が教育を施す義務なわけで、子供は教育を受ける権利を有していても義務を背負っているわけではありません。義務教育=登校義務と刷り込まれているだけです。

筆者が不登校になったきっかけ

自己紹介にも書いていますが、私は元登校拒否です。でも今は普通に働いて妻子もいますし、恵まれた人生を送っていると思います。時折大変だったでしょう?と言われることもありますが、そんなことは全くありません(笑)

ちょっと待て!ブログのタイトルにしているぐらいだから本当は引きずっているんだろ!?と言われそうですが、これはなんかインパクトあるタイトル無いかなーと思って用いているだけで、本当に気にしていないです(笑)だって、たかが学校に登校していたかしていないかだけの話ですよ。今更なんとも思わない。

私は小学校5年生ぐらいの時から学校を休みがちになり、中学は1年の1学期しか登校しておらず、そのまま高校入学試験すら受けず中卒のまま過ごしていました。筋金入りの不登校ですね(笑)

不登校になった理由は私がクラスの他の生徒に馴染めなかったことだと思います。いじめと言えばいじめの部類になるのでしょうが、最近のニュースを見ているような悲惨なものではありませんでした。

ただ当時の私にはどうしても馴染めず、先生にも馴染めず、少しずつ休むようになり、休みだすとまた行くのが億劫になるし、久々に行った時のあの教室のザワザワ感がさらに嫌になって本格的に不登校になりました。

学校なんか行かなくても他に選択肢はある

私の場合何が恵まれていたかというと、親が理解を示したことです。父親は昔ながらの亭主関白なタイプなので当初は戸惑っていましたが、最終的には好きにしたらいい、そのうち何かやりたいことを見つけて努力しなさいというだけでした。

このタイプの人の特徴は、頑固で人の言うことはあまり聞かないのですが、一度理解したらそれはそれで徹底してくれることで、本当にそれ以来口を出すことをやめました。内心どう思っていたんでしょうね(笑)

いずれ話し合ってみようと思いつつ、照れ臭くて出来ていません。まあ今は孫に夢中なので今更彼にとってもどうでもいいことでしょうけど。

母親は精神的に苦痛なら無理して登校する必要は無いと考えていましたが、学力がつかないことは心配だったらしく、私にひたすら本を読ませていました。小説でもなんでも、とにかく好きな本を読みなさいと、持て余している時間で本を読ませていました。

hachi
hachi

今思えばこれがよかったんだと思います。

私はテレビゲームにも没頭していましたが、戦国時代ものが好きだったので司馬遼太郎、池波正太郎、山岡荘八など、有名なところは全部読みましたし、気になることは自分で調べることを黙々と続けていました。

そのあたりから少しずつ勉強をするようになり、義務教育の範囲は到底カバーできませんでしたが、学習する癖は出来ていました。

義務教育で幅広い科目はカバーできなくても、学習する姿勢を親がつけてあげることが出来れば、興味のあるものが見つかったときに自然と学習するはずです。今の時代ネットも発達しているわけだから、その気になれば何でも勉強できる。何も学校だけが勉強の場でないことを、親が教えてあげればいい。子供の能力を信じてあげられるかどうかがポイントだと思います。

数あるコミュニティのたった一つでしかない

学校へ行かなければ社会生活を営むコミュニケーション能力が身に着かないと心配されるかもしれませんが、学校なんて数あるコミュニティのたった一つでしかありません。そもそも難関大学を突破している人でも人付き合いが苦手な人もいるわけで、不登校=コミュニケーション力欠如とは限りません

運悪くクラスにモンスター級の先生や生徒(彼らこそコミュニケーション力欠如だと思うが)がいた場合、交通事故的にターゲットにされることもあるわけです。

子供にその災難をコミュニケーション力で上手く乗り越えろなんて、そんなの無茶でしょう。大人ですら会社で上手く対応できない人が多いのに、子供が出来ないのも当然でしょう。

子供はのびのびみんな明るく、喧嘩しても次の日は握手して仲直り、そんなドラマに出てくるような登場人物ばかりではありません。どうしようもないモンスターも一定数存在するのです。

学校での生活で上手く行かなくても、好きなことが見つかってその集まり(サークル)の中でなら輝いている子供もいますよね。その人たちはコミュニケーション力欠如ですか?そんなことは無いですよね。共通の話題、趣味を持つ仲間とうまくやっていける人は、そこで自信を付ければ少しずつ幅を広げていけるものです。

不登校になった=うちの子はコミュニケーション力欠如だからどこへ行っても苦労すると、親が決めてしまうと子供は委縮します。これだけ頑張った我が子が馴染めないようなモンスターが学校にはいるんだ。別のコミュニティを探してあげようと、手を差し伸べることも一つではないでしょうか。

行かないという選択肢を与える

冒頭でも書いていますが、行けるなら行った方がいいですよ(笑)学校を休んでいたら楽だなんて、日本人にとってそんな状態苦痛でしかないことは想像できるでしょう。

有休一つ消化するのにペコペコ頭下げて、休んだ後はお土産買ってご迷惑をおかけしましたと言う人種なのに、本来行くべきところに行っていないストレスは常に付きまといますよ。土日に街を歩くと誰かに会いそうでソワソワするんですよね(笑)

ただ、命をすり減らしてまで行くところではない。もし行けなかったとしても、大した話ではないんですよ。私も含め私の周りには元登校拒否が山ほどいますが(自然と不登校のコミュニティが出来るんだよ(笑))、今でもみんなしっかりと生きています。友人には医者になった人もいます。

彼らの共通点は、親が信じてあげていたこと。不登校になった子供を親まで不安がって否定したら、誰がその子のプラスを見てあげられるでしょう。本人はただでさえ馴染めなかったことに罪悪感、不安を抱いているのに。

たかが学校、されど学校、しかしただの学校です。振り返ってみれば、ただそれだけのものです。他でいくらでもカバーできます。本当に行けないと感じるのであれば、行かない選択肢を与えてあげるのもいいじゃないですか。信じてあげれば、自然と歩き出しますよ。

私の経験談から記事を書きました。長文お付き合いいただきありがとうございました。

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