元登校拒否の筆者が年収1000万に到達するまで

仕事
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自己紹介記事でも書いておりますが、私は諸事情で小学校高学年から学校に通っておらず、そのまま高校入学試験すら受けずに18歳まで過ごしておりました。

何かのスイッチが入ったのか18歳直前に大検(現高校卒業程度認定試験)を目指して勉強をし始めます。大検合格後に大学に行くと思いきや、そのまま英語をの勉強にのめり込んだまま、就職せずにフリーターみたいなことをしながら24歳までだらだらと生きていました。

今考えたら芸能人のような特別な才覚があるわけでもないのに、よくそんな怖いことが出来たなと思ってしまいます。無知って強い(笑)

その後24歳で大学に入学。大学かよ!って突っ込まれそうですが、ちょっと勉強したいことがあったんですよね(笑)英語が得意だったこともあり入試はそんなに苦労しませんでした。いい大学ではないので当然かもしれませんが(笑)そして大学3回生のときに、一般的な大学生(21歳ぐらい?)に交じって当たり前のような顔をして就職活動をしていたのです。

hachi
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今更ながらさすがに定職に就かなきゃやばいと思ったんですよね( ;∀;)

私が就活をしていたとき、ちょうどリーマンショックの波が日本にも押し寄せ、予定されていた企業説明会が次々とキャンセルされ、その年の新卒採用を大幅削減、もしくは0にするところすら出てきました。

直前まで売り手市場だった学生たちに衝撃が走ったことを覚えています。新卒一括採用も、学生にはどうすることも出来ない事情で採用枠が変わるのは可哀そうですよね。

そりゃあ一部の優秀な学生は、好景気だろうが不況だろうがトップ企業に合格していくでしょうが、大半は普通の学生です。採用枠が大きい方がいい企業に行ける可能性が高まるのは間違いありません。

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学部生に交じり新入社員として働く

学生を襲ったリーマンショックの波に押しつぶされたのか、私の実力が無かったのかは分かりませんが、面接は30社ぐらい落ちました(笑)ただ一番初めに受けた企業が一番先に内定をくれており、結局その企業に就職することにしました。

実はその企業の面接で「なんでそんな歳取ってるんですか?」と聞かれていたので、私は恥じることも隠すことも無いので、小学校からレールを外れたことを話していました。

人事の人の頭が柔軟だったおかげで、「そういう経験がある人も社会には必要なのでぜひ働いてください」とのことで、入社させていただけることになりました。

後日談ですが、入社後の研修時に、「hachi君、うちの会社は毎年”変人枠”ってのを1人持っていて、そういう人がいる方が研修が活性化するんだよ。今年は君だろうな!」と笑われました。

ああ、そういうことね(笑)変人枠、ありがたや。

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年収300万円の新入社員時代

さて、変人枠入社だろうが何だろうが横並びで6歳ぐらい下の同期とスタートです。年収は300万円ちょっとでしたね。

私の初期配属地は縁もゆかりも無い人口30万人程度の地方都市でした。そこで私を迎えてくれた上司が相当厳しい人で、今でも仕事の基本的な姿勢は彼から受け継いでいると思います。

私にとって運がよかったのは、当時私が所属していた営業所は高齢者ばかりで、20代の私の次は所長(40代)、その次は全て50代といういびつな営業所でした。

そのこともあり、20代でひたすら働き成果も出ている私と、50代でのんびり働き目標も未達の社員の年収があまりにも差があることに所長が不憫に思い、ひたすら基本給アップを上層部と掛け合ってくれました。

毎年10%と業績次第でプラスαの基本給アップをしてくれていました。上司は相当厳しい人でしたが、しっかり働けば報いてくれるという信頼関係が出来ていたので、私は彼の部下である数年間にとにかく年収を上げることを意識していました。

ちなみに、私にとっては相性がよく評価も毎年トップクラスにしてくれていましたが、やはり万人受けする方ではないようで、彼の下で何人も辞めていきましたし、彼主導のリストラにあった人も数人見てきました。

hachi
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やはり職場って同僚と直属の上司との相性で天国にも地獄にもなりえますね。

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入社5年で年収700万円到達

私は2010年からの年収を毎年エクセルで記録しています。上司との相性が良かったのと、おかげさまで成績がずっと良かったこともあり、年収は毎年10%プラスαで上がっていきました。2013年には566万円、そして2015年には706万円にアップします。

2015年には転勤を一度経験し、厳しくもお世話になった上司とお別れし、新しい上司の下で仕事をすることになります。もともと厳しい環境で生き抜いてきたこともあり、次の上司の下でもやることは変わりませんでした。

hachi
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社畜人生まっしぐらの時代です(笑)

幸い新しい上司の下でも比較的評価をいただき年収は大きく上げてもらうことが出来ました。2016年に790万円、2017年に870万円に上がります。

私は20代後半で22歳新卒の人間と同じ立場で入社しているので、6年ぐらいのブランクがあると自覚し、何とかその遅れを取り戻そうと必死になっていました。

サラリーマンの年収なんて必死になったところでそこまで変わらないと言われそうですが当時の会社は人事が柔軟なだけあって、評価が高い人には高い基本給アップを許していたのです。

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東京本社異動~転職

2017年に年収が870万円まで上がりましたが、そのタイミングで本社への昇格人事に合格することが出来ました。それにより役職が一つ上がり、年収は920万円(提示額)まで上がりました。

入社して10年も満たず、300万円台からスタートした年収が気が付けば900万円を超えるところまで来ました。本当にいい会社に出会ったと今でも思っています。

そして2017年5月頃~2018年5月頃まで、東京の本社勤務を経験することになりますが、その時の1年間はもはや苦痛でしかありません。とにかく上司との相性が悪かった。

今まで厳しい上司も含め、3人程上司が変わっていましたが、どの人ともうまくやっていけているので自分は大丈夫なのだと過信していました。

しかし、とことん相性の悪い人はいるみたいで、本社勤務の1年間、その上司との相性の悪さでメンタルを病み始めることになります。本社なので心療内科の先生が月1回来ているので、受診する羽目になります。

今まで仕事上の人付き合いでそこまで相性の悪い人はいませんでしたが、とにかくダメな奴はダメなんだと思い知ることになります。

hachi
hachi

皆さんも身体に異変を感じたら受診しましょう。身体を壊してしまうと本当に戻れなくなります。

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転職

このままの状態が続くと本当にメンタルが崩れ落ちそうになったので、転職を決意いたします。就職活動時に私のような経歴の人間を受け入れてくれ、その後も評価し続けてくれた会社には感謝していましたが、自分の身体と家族の生活の方が大事です。決めたら速攻で動きました(笑)

幸い知り合いから同業他社への紹介をしていただけることになり、決意してから2週間後には内定が出ていました。本社勤務からまた現場勤務へ戻ることになりますが、私は現場の方が向いているのかもしれませんね。

新しい会社で提示された年俸は前職と同額の930万円でした。そんなに高く買ってくれるの?正直少々の年収ダウンは覚悟していたのですが、感謝感謝です。

退職するときは今までお世話になった方々を思い出し、非常に感慨深い気持ちにはなりましたが、労働者と会社なんて契約が終わればそれまでです。いざ退職してみたら、何か憑りついていたものが一気に消えて身体が楽になりました。

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年収1000万円へ

新しい会社へ転職して1年が経ちました。幸いこちらでも業績は悪くなく、営業職なのでボーナスの振れ幅が大きいです。まだ確定ではありませんが、今年の年収は1000万円に届くと予想されます。

年収350万円程度からスタートして10年弱、気が付けば1000万円に手が届く位置まで来ました。普通のサラリーマンが稼ぐ金額としてはこれが限界かなと思っています。私はこれ以上出世してさらに高い年収をもらうほどの能力はありません。

私はもともとレールから外れた落ちこぼれでした。私のように頑張れば1000万円稼げる!とかそんなことを言うつもりは全くありません。振り返ってみたら特に大きなことは成し遂げていません。属していた企業の業績が良かっただけです。

私の場合、努力が直接結果に結びつく周辺環境に恵まれていたのだと思います。いくら努力しても上司が評価しなければ年収は上がりませんし、上司が評価しても企業が社員に支払う賃金を低く抑えていたら限界があります。

関わってきた人々に感謝をし、今の年収をありがたく頂戴致します。そして、私はこの収入をもとに投資して資産を蓄え、最終的には悠々自適なリタイア生活を送るつもりでいます。

この10年は駆け抜けてきました。次の10年はそこそこ…でいいです(笑)長文お付き合いありがとうございました。

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