休みが終わっていきますね。仕事自体は嫌では無いのですが、30分でも休んでいたら着信履歴、メールの未読が溜まっているあの感覚が嫌いです。
一日に何回電話かかってくるか
一歩間違えたら自分も貧困層へ直行だった
働いても年収が上がらない、税金引かれて家賃、光熱費などの固定費を払ったら手元に残り数万円しか残らない…みたいな生活を送っている人が多いです。
「年収UPのために転職したら?」と言っても、多くの場合現在の年収がベースになるので、良くて微増、大体はトントンです。
かといって誰でも副業で簡単に利益が出せるわけでもないし、起業なんて全員が出来るわけじゃない。
一度沼にはまると出られませんよね
これって自己責任なんでしょうか。私も以前は「自分で何とかできないなら仕方がない!諦めろ!」みたいなイキッた記事を書いていましたが、最近は複雑な気持ちです。
そもそもお前はどうだったんだ?と。
私は諸事情で小学校から学校に行っていませんので、高校も入学すらしていません。入試も受けてませんからね。
17歳まで中卒でした。
その後大検を取得し、英語の勉強をスタートしています。
私の人生のターニングポイントはここなんですよね。
それなりに努力した自負はありますが、そもそも論としてこのタイミングで親から「はっ?英語?そんなこと言われても出すお金ないし。自分で高校に行かないと決めたんだから、さっさと働けよ」と言われたら終わりでした。
当時の私には、「だったら自分でバイトして学費稼ぐ!」なんて気力は全くありません。そのまま大検だけ取得して、どこか低賃金の仕事を始めていたでしょう。
いや、働く気力すら湧いていたか?かなり危険な水準に陥りそうですよね。
親が裕福だった恩恵
私が恵まれていたのはここです。
私「英会話学校に行ってみたい。入学金40万円です。来月から通いたいです。プレ授業は明日からなので、明日行くのでお金払ってください」
親「いいやん!」
話しは以上でした。
この40万円が払えない親の元に生まれていたら、どうなっていたでしょうね。
私は今でも起業するような気力と知恵を持ち合わせていないので、多分貧困層へ直行でした。
私もそうだったのですが、「貧困自己責任論」を唱えている人って、運動神経とか脳みそとか、親の財力とか、何かしらの「ギフト」を受け取っていませんか。
理屈で言えば近所にある図書館だけで国立大学に合格もできるでしょう。でもそんなことが出来るのは天才的な脳みそを遺伝子レベルで受け取った人だけです。
99%の凡人に出来るわけが無い。
努力が足りないと言われても、どこに向かえばいいかもわからない、お金や心に余裕があった時が無く、気が付いたら低賃金でも働くことで精いっぱい。
そして恵まれた環境に育った人たちから、「貧困って結局は自己責任だよねー」とか言われるわけです。
もちろん彼らも人一倍に努力をしているでしょうが、その努力をする土台すら与えられていない人もいるんじゃないか。
ギフトって全員が受け取れるわけではないから仕方がないのだろうけど、バッサリ切り捨てていいものだろうか。
自己責任って言ってしまえば上流階級は楽だろうけどよ
コメント
こんにちは^_^
貧困は自己責任ではない場合も多いと思います!前の職場は東大などの学歴が高い人が多かったですが、ほぼ親が裕福かつ、学歴が高い人が多かったですねー。僕は親が裕福ではなかったですが、例外でしたね^_^
ヒロヒロ様
コメントいただきありがとうございます。うちの会社にも高学歴の人はいますが、それなりの教育を受けられる環境にいたのだなと感じます。
私は間違いなく恵まれていた方ですね。